about my days with my dear two boys!
by cabyama
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行くあてもなく、歩く。

今日は夕方6時まで暇だったから、昼頃に家を出て、阿佐ヶ谷とか新宿とかで、
うろうろうろうろした。

昔から、家に帰るのが嫌だった。
それは、今冷静になって振り返れば
母に心の病があったからであり、両親の関係が冷め切っていたからであり、、、、
私は、両親といることにつかれきっていた。
家の中にいることに生理的嫌悪感さえ感じていた。

傷つきたくなくて、それらを感情で受け止められなくて、
私は心のドアがぴっちり閉じた子供だった。居場所がなくて、
毎日うろうろしていた。
小学生の頃は、近所の川辺に長いこと座っていたし、
中学に入ってからは、
下北や吉祥寺の街をさまよっていた。

でも、高3のとき、私はやっと居場所をみつけた。
それは聖書にある、神様の愛の中だった。
それでそのとき、クリスチャンになった。
ありのままが愛されている確信から来る安心感に支えられて、
私は変わった。
愛を乞う者から、
愛したいと願えるようになったのである。
あーめん。

が、しかし。

今だって、悩むときは悩む。へこむときはへこむ。
家に帰りたくない日だって、ある。
こうありたいと願う分、現実を見て落ち込む振れ幅は大きい。

それでもやっぱり、愛したと思う人生は、
とても幸せだ。


今月17日、私はクリスチャンになって丸四年になる。
私がここまで来られたのは、
確実に、周りの愛するみんなのおかげ。

ありがとう。ありがとう。
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# by cabyama | 2006-02-08 00:40

倉庫でバイト

しました。今日。
・・・じゃなかった、昨日。
11時間も働いたんだよ。だから今日は10時すぎまでパジャマだった。
はは。

倉庫では、各地に配送するPC用品を仕分けしてるんだけど、
そこで動いている・・・たぶん100人をゆうに超す人々は、
監督する数人を除き、みんな日雇いのバイトである。
何曜日に働いても、いつ休んでも、自由。


”一つの体、多くの部分”という聖書の一節を思い出した。

そこには、
目が耳に「お前は見ることができないからいらない」とは言えないように、
どんなに小さな、たとえば耳たぶの下のほうのポヨポヨとかそういう部分でも、
なくてはならないように、みんな大切なんだ、
ということが書いてある。
教会とは、
キリストイエスという頭とクリスチャンという多くの部分の集合である体だ、と
いう話が続いていく。

バイトのスタッフの、結構多くは、
社会のすみっこに追いやられてしまったような人たちであると思う。
身体のどこかしらの動きが悪い人もいるし、
コミュニケーションが極端に下手な人もいる。

でも、
あそこでは彼らは、すごく必要な存在だ。
ベテランとして、あらゆるケースを知り尽くし、
目にもとまらぬ慣れた手つきで仕事を回し、
私たちのような新参者をも、その迅速な行動で支えている。


きっと、人にはみんな、
神様から与えられた役割がある。
私はそう信じている。
その役割が、目立っても目立たなくても、
全ての部分は必要なのである。
倉庫バイトのヒーローたちの活躍がなければ、
街の小売店でpc用品は買えないよ。

そういう、数え切れないほどの人と手作業で、
社会は成り立っているんだ、と感じた。

みんな、ありがとう。
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# by cabyama | 2006-02-07 11:41

オリバーツイストを見た。

今日は、昼まで聖書読んだりして、、、、
夕方、欣ちゃんとご飯食べてから見た。

オリバー少年は、最初から孤児院で、そこから長い間、
盗みをさせられたり、濡れ衣を着せられtリ、ひどい食べ物しかもらえなかったり、、、
罵倒されまくり、しまいには銃で撃たれ、人質にされたり・・・と散々な運命。
なのに!彼の心は純粋なままで、良い子のままなのである。
なんで荒まないの?と疑問に思ってしまった。


よい子とか、いい人が主人公の映画が嫌いだ。
なぜなら、現実の人間はそんなものであるはずがないからだ。
あまりに一点の曇りもない完璧な人間が幸せにたどり着いても、
リアルじゃなくて、感動できない。

弱くて、ばかで、ズルいことや過ちを犯してしまう人間が、
それでも何かを決心して、頑張って、
ゴールにたどり着く姿には、感動させられる。
そういう映画が、私は好きだ。

だから派手なストーリーよりも、
繊細さを求めるのよね。


・・・ん?

眠くなってきた・・・

意味わかんない文になってたら、ごめん。



おやすみ。
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# by cabyama | 2006-02-05 02:01

スペインに行く。

21日から、友達のアズちゃんと行くことになりそう。
そのために、卒業確実かちゃんとチェックしなくっちゃ。。。。
どきどきどき。

人のプライドについて、最近感じることが多い。
プライドといってもよい意味ではなく、悪い意味の。
相手より、自分は優れてる!!よく物を知ってる!!
っていう、自己主張。

正直に言って、最近知り合いと話していて
このプライドをたびたび感じている。
聞いてるだけで、一緒にいるのが億劫に感じてしまう。

私と2人でいるときは全然普通なのに、
3人になったら途端に自己主張を始めちゃう子もいるし、
いつでもどこでも、という子もいる。


・・・でも、それって・・・

私の劣等感が、そう感じさせているのかもしれない。
相手のちょっとした自己主張が、
私の劣等感を通って、
私自身を不快にさせるほどの大きさに膨れ上がっているのだろう。
うーん。だめじゃん。私。

聖書には、
・・・他人を自分よりも優れたものと考えなさい。
と書いてある。
私はかなりすごく未熟だけど、
このような人間でありたいと思って、毎日を過ごしている。
難しいことだと思うけど、
神様は、
私が必死でひねりだす自己主張や、ぷんすか憤慨することを、
喜ばない。
私が自分を優れていない、何もとりえがないと落ち込んでも、
神様はありのままの私を愛してくれている。と聖書は語っている。
私がまわりのみんなを尊敬しようと決心できたら、
神様は嬉しく思ってくれるだろう。

もう少し時がたって、いろんな経験を重ねたら、
私はもう少し、大きな器の人間になれるかな。

まぁ、小さくてもいいか。
私は私だしねー。


そういえばさぁ、
昨日から聖書カバーを縫ってたんだけど、
かなりよくできた!
のに!!!
ファスナーを裏表逆につけちゃった!!!!!

がびーん。


・・・・・使えないことも、ない。
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# by cabyama | 2006-02-03 22:28

本を読んだ

最近、本を読むことが増えた。(ちょっと)

昨日は、友達のさちがいきなり貸してくれた本。
『母 老いに負けなかった人生』 高野悦子著

井の頭公園手前のスタバで読み始めた。
・・・んだけど、

泣いた!!
涙がどぅわーっと出てきて、さすがに恥ずかしくなって、外に出た。
寒かったけど、続きは公園のベンチで読んだ。


なんで泣いたのかなと、ちょっと考えた。

たぶん、私自身の、母との関係でいろいろ溜まっていた感情が、
うゎっと溢れたのだろうと思った。
この本に描かれている”母の愛”は、感動的だった。



芸術を見て感動するときって、2つの種類があると思う。
1つは、
自分が、こういうものが美しいとか、こういうものを表現しているものはすばらしいとか、、、
つまりは、
すでに前もって、自分がこういうものがいい!と思っていた意味内容が
うまく形にされている場合。
「共感」に近い感動。
安心感とかが同時に存在したりする。

もう1つは、
考えもしなかった形を目の当たりにしたとき。
自分の中には決して存在しなかったものが
すばらしくすばらしく表現されている場合。
こういう時って、最初は驚いちゃって、
すぐには感動に気付けなかったりする。
「驚き」に近い感動。
感動!!


この分け方で行くと、
さちが貸してくれた本は、①の方。

なんで貸してくれたのかな。
愛情表現?

さんきぅーーー!!

らぶ。
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# by cabyama | 2006-02-03 11:22

やりたいと思うことは・・・

下で、勢いで作ったって書いたけど、
それだけってわけでもないのよ。

私っていう人そのものは、
何か文章を書いて、価値ある何かを残せるとは思わない。
もともと、実は自分に自信がなくて、だから
落ち込んだり、何か叫んだり、怒ったりもしちゃうんだと思う。

でも、
神様は私の周りに、
たくさんの・・・ほんとにたくさんの!!
すばらしい友達や出来事をことごとく備え、
日々を輝かせてくれている。
だからそのすばらしさを、
文章という形に残したいと思う。

それと。
ぱそこんに触る習慣がついたらいいなと思って。

しばらくひまだから。
いろいろ書いてみようっと。
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# by cabyama | 2006-02-02 23:23

勢いで作ってしまったよ。

あれよあれよという間に作ってしまったよ。

・・・続くかな。

ま、何事もやってみなくちゃわからないし。



思い立ったが吉日!
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# by cabyama | 2006-02-02 10:03